足代清の世界
2月24日は私の父親の足代清(あじろきよし)の命日です。
先日、引出しの中からこんなものがでてきました。
あ、これはUPしろ、ということだな(笑)
と思い UPしました。
晩年父親は切り絵をずっとやっていました。
こういうハガキセットまで作って売っていました。
あまり売れなかったようですが。(笑)
切り絵だけでなく
油彩、水彩、彫刻、陶芸 と幅広く制作していました。
ぼくの子どもの頃は
サントリーレッドを飲みながら
狭い家で100号くらいのでかい絵を描いていました。
油絵の油の匂いを覚えています。
10歳の時に離婚して親父は家を出て行きました。
再婚してぼくの腹違いの妹が生まれました。
それから数年に一度くらいしか会えなかったのですが
何十年か経って
オヤジの奥さんが亡くなり
奥さんの葬式でぼくが遺影を持ちました。
それから、また交流が復活し、
死ぬ前の5年間くらいは
オヤジの主催する絵画教室に通ったりしていました。
自分で「作家 足代清先生」って書いてるし。
死ぬ一ヶ月前に 経営していた
ちいさな工房をたたみ、すべてを整理して
ぼくに「最高傑作」という陶芸作品を何点かくれました。
18年前の今日 朝方、トイレに立ったその時に
玄関先で眠るように死にました。
葬式は悲しいというよりも
悲しすぎて却って嬉しい。と言った感じでした。
なんかよかった、よかった。と思いました。
3日3晩酒を飲んで泣きながらどんちゃん騒ぎでした。
めっちゃ楽しい葬式でした。
初めての孫が生まれるわずか一ヶ月前でした。
一か月後、ぼくは父親になったのですが
生まれたての赤ん坊の顔を見て
ユキちゃんと
「足代にそっくり(笑)」と驚きました。
足代も死に
妹も死にました。
ぼくらもいつかは死にます。
でも死ぬことは終わりではないので
ただ、それは現象なんだな。と思います。
オヤジの粒子の一部は相変わらずここらへんにいるしね☆