読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

シャンバラなブログ

シャンバラな日々のお仕事以外の旅やつれづれをつづります。

1990年のインドのトイレ

インド

ハードディスクから出てきた画像
f:id:mikishanbara:20170117232221j:plain
1990年インド、ヒマーチャルプラデシュ洲ダラムサラ バグスナート村標高1600m

こんなところでトイレしていました。

この辺うんちだらけ

f:id:mikishanbara:20170117232433j:plain
急斜面に家が貼りついています。

こんなところの農家の牛小屋の二階を間借りしていました。

よるはものすごく寒かった。

負け猫

普段は仲良さ気な てんてん(左)とかぶかぶ(右)ですが

f:id:mikishanbara:20130128160451j:plain


椅子の取り合いでときどきケンカします。

f:id:mikishanbara:20130128160417j:plain

ストーブの前の籐の椅子にてんてんが座っていると
あとからやってきたかぶかぶがちょっかいをかけて
体重差を利用して馬乗りならぬ猫のりになり
てんてんは下からネコパンチで応戦するのですが
応戦むなしく
ぎゃ、ぎゃ、と悲鳴をあげながら
てんてんが椅子から落っこちてにげだし、
かぶかぶはそこに居座って、どや顔をします。


f:id:mikishanbara:20130124131934j:plain

この負け猫め。

雀も上からそう言っています。




ねこは外ねこは内

節分にはまだ早い。

f:id:mikishanbara:20170113114206j:plain

うちには鬼婆鬼嫁と鬼に事欠かない、と
ぽろっと言ったら
しばかれました(TT)

2017年1月の風景

久々にアメブロを更新しました。
ameblo.jp

はてなブログは去年の8月から全く更新していませんでした。
どっちかに統一すればいいんだけど
はてなブログはレイアウトや写真を貼るのに
きれいなので
こっちの方が好きなんです。

f:id:mikishanbara:20161225162509j:plain


でもアクセスはアメブロの方が多いので
どうしてもこっちはおろそかになりがち。
今年ははてなブログもいっぱい更新します。

f:id:mikishanbara:20161225162719j:plain



こっちはデジカメで撮影したいろいろな写真を
気の向くままに貼って行く、って感じにしたいとおもいます。

f:id:mikishanbara:20161225162353j:plain



本年もよろしくおねがいします。



f:id:mikishanbara:20161225163013j:plain

8月の終わり twitterより

 

ものすごい速さで毎日が過ぎて行きます。
ぼくは自分では「忙しい」という言葉を
使わないことにしているので忙しくはありません。
「忙しさ」で
心を亡くすことはなく
それぞれその場で慎重に即断即決(笑)して
楽しく過ごしております。^^

人から大変ねえ、とか言われる時もありますが
別に大変ではありません。
勝手に大変にしないでください^^☆

大変でもいいけど
大変を楽しむようにしてゆきましょう☆

障がい者の方だって
勝手に大変にされて感動されて
フツーに楽しんでいる人も
たくさんいらっしゃるのでしょうに。

最近のツイッターのつぶやきを書きます。

 

 

 

 

 

 

f:id:mikishanbara:20160824183146j:plain








24時間テレビって一回も見たことない。
って知り合いに言ったらめっちゃ驚かれた。
なんか不自然な匂いがするんです。

www.ntv.co.jp


いい番組☆
不自然な匂いの原因がわかった。^^
バリバラ 生放送「検証!<障害者×感動>の方程式」 16年08月28日19:00 Eテレ https://t.co/2a3BEHw6ty @YouTubeさんから

www.youtube.com

 

 

 




いまつくっている
おはなしは
あなたはわたしで
はじまり
わたしはあなたで
おわります

f:id:mikishanbara:20160831162820j:plain


自分は正しい、間違ってない。
と思い込んで年齢を重ね
歳をとってしまうと
もうそこから抜け出すのは不可能だ。

常に
自分は間違っているかもしれない、
他に方法があるのかもしれない、
と自分を常に疑い、検証しながら進もう。
かといってそれに囚われ過ぎると
臆病になるので注意

f:id:mikishanbara:20160824183259j:plain



困窮して弱っているヒトに助けを求められた。
それは大変だ、というのでしばらくお世話をさせていただいていたら
どうもずいぶんと元気におなりになって
全能感が溢れてきたみたいで
あなたたちにはずいぶん世話をしてあげたのに
と逆に恩を着せられた(笑)


f:id:mikishanbara:20160824183554j:plain


理屈の通らない相手にはどんな話も通じない。

あたり前ではあるが
いくら筋道たてて噛み砕いて丁寧に説明しても
相手の身勝手な理屈の前では風の前の塵に同じ。
実際にそんなヒトを目の当たりにしていると
結局なにも話すことがなくなる。
話すだけ時間もエネルギーも無駄。

ドライブに連れてって

昨日の夜
「ドライブしたいわ、夜のドライブに行くわ!」
と勝手に決めて玄関で待ってるよ。

と、
二階で本を読んでいたら
ユキちゃんが教えてくれた。

えー、もうかんべんしてよー。
なんで婆さん連れて
子どもの塾に送りにいかなあかんの!

同乗するくらいいいじゃないか。と
思われるかも知れないけど
さっきも婆さんを車で迎えに行き
婆さんのゴタク聴きながら
ほとんど無視して家まで来たのに
また婆さん乗せて伊勢まで往復勘弁してくれ!

きっぱり断ろう、と玄関に下りていったら
いなかったので
あ、あきらめたんだー
良かった―^^。

と思って
子どもを連れて玄関をでて
車まで行ったら
黄昏時の薄暗がりの中、
婆さんが車の外2-3m後ろで待っていたので
ドキッ~!とした。

私も行くわ!

来なくていいから!いいから来なくていいから
急いでるから!

振り切って
と車に駆け込んで
慌ててドアをしめて、
ヤバかった―な、と子どもと顔を見合わせて
はやくエンジンかけよ、と
セルを回しかけたら
いきなり

うしろのドアが開き
婆さんが乗りこもうとしてきた!

もう、心臓がとまるくらいびっくりした。
ホラー映画か!(笑)

今は(笑)だけど
笑いごとじゃない
マジこわくてキレた!

やめてよー!と言ったものの
いいじゃないの!と乗り込もうとするので

もう、そんなに行きたかったら乗れば!

なら、ばあさんもキレて
ああ、もうそんなんやったらいいわ!

と、ドア閉めた。

バックミラーで怒っているのか
ガックリしているのか
そのどっちもだろう。
婆さんが見えた。

なんでこっちの気持ちを無視して
勝手に決める。
さらに驚いたのは
追いかけてきて無理やり乗り込もうとしたことだ。

フツーあんなに断ったら
あきらめるやろ。
やっぱりフツーやないな。

病院から帰って来て
日に日に元気になってくると
口も元気になって来て
態度が横柄になってきて
私はあんたらにどんだけやってあげたと思ってるの?
みたいなことをユキちゃんに言いはじめ
これはそろそろ危険な兆候だな、と思っていた。

その夜、婆さんは
悲劇のヒロインになり
ひとり孤独に浸りながら

今夜はうちに帰るわ。

この間まで一人暮らししていた実家に帰りたい。
というので帰った。
普段は昼間は実家で過ごしている。
毎日朝送って行って夕方迎えに行って
さらに
その夜も送って行った。

翌朝は婆さんがいないので
久しぶりにゆるく過ごせた。^^
夕方絶対に電話かかってくると思っていたら
そのとおり、

夕方電話がかかって来て
今日はあなたのところに泊まりたいから
迎えにきてちょうだい。

はい、わかりました。(こういうときは常に敬語(笑)

何事もなかったように夕ご飯をたべて
何事もなかったかのように寝ています。

私らは気持ち的にずーーーーん☆となっていましたが
婆ちゃんってなんであんなんやろ。
あの時もこんなんあったなー。
こんなこともあったなー。
みたいなネタでもりあがってもいました。

今までもっとひどい事、何度もあったので
みんな慣れています(笑)

満たされない人

何をやっても満たされない人は
ここがしあわせの場所や、

ていうことも
気がつかないで
満たされないから
もっともっとになってしまって

さらに自分を面倒な状況に追い込んで
さらなる不平不満に満たされる。

ひとつ願いがかなうと
なにかそれが当然のようになって来る。

そうすると至らぬところが目について
不平不満が巻き起こる。
今度はこうすべきだと、
あなたたちはこれがダメだと
他人にもそれを押しつけようとしたり
他人を攻撃したり横柄になったり支配しようとする。


いろんな不平不満が満ちてくるのものなんだなあ。
大変やね。
とそばで観ていて思う。巻き込まれまくりですが(笑)

どうしてそんな思考になるのか。不思議である。
いろいろ学ぶことも多いな^^

 

人との距離感は難しい。
ほとんどの人はこれで悩む。
ある程度うまく維持されている共同体では
距離の取り方が上手くいっている。
それは時と共に変わる。

家族という共同体を考えると。
家族でも子どもの小さい頃は
距離感ゼロの親子密着の日々でいいかもしれないが
子どもが成長するにつれて距離の取り方が変わってくる。
これをいつまでも自分の所有物的に考えて
距離感を考えないと
子どもに疎ましがられたり
ケンカになったり
いろいろな問題が噴出してくる。

また
距離の取り方がわからないヒトもいて
そう言う人はたいていこっちがやんわり拒否しても
わからない。
そういう人が共同体の中に入り込むと
また、これに巻き込まれて
様々な問題が噴出してくる。

f:id:mikishanbara:20160421084850j:plain